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これを常識的と言う官房長官の非常識 [安倍体制]


安倍首相が東京都議選の街頭演説で群衆から「やめろ!やめろ!」「帰れ!帰れ!」と連呼され、「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と発言したことに関し、菅義偉官房長官が、「全く問題ない」と述べた。「極めて常識的な発言だ。そうした発言を縛ること自体あり得ない」というのだ。

日本の政治ではいつしか(元々その傾向はあったにしても、すっかり)空っぽの議論しか行われなくなってしまっている。要するに水掛け論しかできない人々によって政治が行われるているのだ。なんとも悲しい事態。自民党がきのうの都議選の惨敗を「反省」する(首相はじめ何人かの口から出て言葉)と言うのであれば、どこがどう悪く、どう反省し、今後どう改めるつもりなのか、具体的に語ることができなくてはならない。しかし、それがない。

秋葉原で安倍氏らに対し「帰れ!帰れ!」の大合唱が湧き起こった。それは安倍氏らの政権運営に不満な人たちの声だ。安倍政権によって苦しめられている国民の不満の爆発、生の声だ。安倍氏らが反省するというのであれば、なぜそのような不満が生まれるのか、自分たちの政策や言動のどこが悪いのか、振り返らなくてはならない。そして、自分らなりの言葉でそれを表現できなくてはならない。

明らかに、「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と首相が叫ぶのは不適切だ。彼らが代弁する多くの国民の不満は、首相の政策が原因だからである。首相たるもの、国民の不満には向き合い、それに答えなくてはならない。敵視し「こんな人たち」と指さすことなど、国の指導者としてはあってはならない、考えられない。そんな人がこれまでいただろうか?ちょっと思い当たらない。政治家として失格もいいところである(ちなみにこの「こんな人たち」の「こ」の発音には、豊田真由子議員が政策秘書に「ばかかお前!」と言った時の「ば」を思い出すほどの強い侮蔑の念が込められているのを感じた)。

だから、官房長官の「全く問題ない」とする認識には驚かされる。そして、さらに驚かされるのが、そこに何も論拠が伴わないことである。いつもながら菅官房長官、結論しか述べない男なのである。安倍政権のことを腹立たしく思うのは、結論のみ押し付け、その理由、根拠を言わないこと、言えないこと、である。ただの独断じゃないか。

「全く問題ない」「極めて常識的な発言だ。そうした発言を縛ること自体あり得ない」。そう意見を表明すること自体は権利として当然施政者にも認められよう。日本には言論の自由があることになっているからである。しかし、なぜ「全く問題ない」のか、その理由を述べないことには話にならない。そこまでできて初めて議論だ。そして、そこまでできて初めて政治家だ。理念や思いを言葉で表現できてこそ、指導者である。ところがそこがこの政権は空っぽなのである。能力も意思も欠如している。

さらに驚くのは、首相や菅官房長官らを批判する人たちである。彼らも、「問題あり」、菅長官の言うことは「全く認められない」と言う(私と同意見)。しかし、彼らとて、その意見、その主張の論拠を言わないのだ。かくて日本の政治、空っぽな水掛け論に終始。印象だけで勝負しあっている。国の悲劇としか言えない。

追記:

菅長官、理由は言っていた。驚くべき理由だ。記者は、なぜ「問題ないのか、その理由は」とまで明示的に聞いている。それに対する菅長官の答え、そしてそのそぶりに身の毛がよだつ。長官は「(問題)ないからです。発言は自由です」と答え、不快感をあらわにし、他の記者の質問に移るそぶりを見せた。

この回答、態度には、ただただ驚く。この政権はどこまで行こうとしているのか。首相の発言が異様なら、「全く問題ない」とそれを擁護する官房長官も異様、かつ、なぜ「問題ない」かというその理由も異様。記者は何もこの国で言論の自由が許されるかどうかを聞いたわけではない。もちろん発言は自由だ。しかし、首相が、遊説の場で、あれはない。その理由は本文に書いた。

先に自民の竹下国会対策委員長もなぜ証人喚問が必要ないかを聞かれ「必要ないからと言うのがその理由」と述べた。二階幹事長など(選挙で我々を)「落とせるものなら落としてみろ」と凄んだ。

天安門事件の時の中国指導部の強硬派の言動の方がよほど融和的に思える。



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望月記者(東京新聞):(安倍首相の)「こんな人たちに負けるわけにいかない」有権者をある意味、軽視しているかのような発言とも思えるんですけど、このような発言自体に問題があるとはお思いになりませんか?
菅官房長官:待ったく(問題)あると思いません。
望月:その理由をお聞かせください
菅:ないからです。発言は自由です。
望月:秋葉原でのかなりの大声での抗議の声、私も見てて、かなり衝撃的でした。政府としてあのような声が出てくること自体をどのように重く受け止めていらっしゃるのか。
菅:失礼ですけどあなたの主観に答えることは控えたいと思います。
  客観的なことについて事実に基づいて質問していただきたいと思います。
望月:では、秋葉原での声をどう受け止められたかですね。集会での声、あれほどの歓声の中での声が出てくること自体は、国民の政権に対する怒りの声という受け止めというのはないという理解でよろしいですか?
菅:ですからあなたの主観ですから。当然これは民主主義国家ですから、選挙運動というのは自由です。

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オバマは去年、演説中に自分に抗議する人の言論の自由を逆に擁護した

演説中、トランプ支持者がプラカードを掲げて立ち上がり、オバマに抗議した。会場のオバマ支持者ら、クリントン支持者らが、この男に猛烈なブーイング。会場騒然。ブーイング鳴り止まず。

ところがオバマは聴衆を1分以上かけて懸命に静止した。「やめろ。やめろ。話を聞け。みんな静かに!」

ようやく静かになった聴衆に:「この男性は自分の支持する人をアピールしているだけ。なーんにもしちゃいない。心配するな。一つ、この国には言論の自由がある。二つ、彼は、この国のために軍務についた人のようでもある。そこには敬意を。三つ、ご老人である。それにも敬意が必要。四つ、ブーイングはやめよう。投票だ!」



自分の言論の自由と自分の権利を主張するどこぞの首相とは天と地の差があるオバマだ。政治家としての器の違い。

記者:(首相の秋葉原における)「こんな人たちに負けるわけにいかない」。有権者をある意味、軽視しているかのような発言とも思えるんですけど、このような発言自体に問題があるとはお思いになりませんか?
菅:全くあると思いません。
記者:その理由をお聞かせください
菅:ないからです。発言は自由です。

         オバマ「あの男性にも言論の自由がある」
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安倍首相「あんな人たち。。」私には言論の自由がある。
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広島で日本人を騙したなどとこのブログではオバマに対しては厳しいことを言ってきた。無人機の無差別殺人で戦争犯罪人だ、サウジへの武器売却(クラスター爆弾はイエメンの市民を殺している)で死の商人とも言ってきた。しかし、ここはオバマに軍配を上げざるを得ない。

自分と政治的な意見を異にする少数派(この会場では絶対的少数派)を重んじ敬意を払い、自由と権利を認め、擁護するアメリカのオバマ。対する日本は、相手を軽んじ、貶め、敵視し、威嚇し、恫喝し、無視し、ごまかし、嘘をつき、逃げ回り、、という安倍、菅、二階、稲田、下村、萩生田。

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